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JB Pressに掲載されました  「できない上司」の下でも成長し続けられるコツ

「できない上司」の下でも成長し続けられるコツ
ダメ上司、意見が合わない上司とは「戦う」のではなく「転がせ」
2021.10.14(木)
岡村 進

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長い会社人生をスタートさせた若者にぜひ伝えておきたいことがある。「できない上司」に出会ったときの対処法である。これを知っているか、知らないかでその後の人生は大きく変わる。何より豊かな社会人生活を送るためにぜひ心にとめておいてほしい。

●パワハラと「できない上司」の関係

バブル真っ只中に就職した私は、若いころとんでもないパワハラ上司に仕えたことがある。

毎晩、深夜2時まで部下を働かせた挙句、翌朝8時に全員出勤していないと腹を立てる。順繰りに呼びつけては1時間近く立たせたまま怒鳴り続けることもあった。そんな狂った時間は、いまも忘れられない。

最後は、「助けて!」と声を上げて他部門に異動させてもらった。「情けない」と忸怩たる思いを抱えたが、パワハラ上司からは逃げるしかなかったのだ。だから、昨今ハラスメントに対する社会の意識が高まったことは本当に素晴らしいことだ。いまの若手は、さぞかし有意義に時を過ごしているだろう。こう思っていたが、どうも様子が違うのだ。

若手と話していると、「上司に自分の悪いところを聞いても、はっきり言ってくれないので不安」という。

上司世代に理由を聞くと、「欠点を指摘すると反論されたり、時にはハラスメントと言われたりするのが怖い」という。そう言われないように言葉を尽くして指導するのが、上司の責務だが、とはいえ今のご時世、自身のハラスメントを過度に恐れる気持ちも分からないでもない。

いまのマネジメント層は、怒られて育った世代である。

感情を抑制し、言語化を通じた部下指導・育成などを教わった人は皆無だろう。いずれ、日本でもOECD最下位クラスの人財育成コストが見直され、具体的な指導方法が整備されていくだろう。

重要なのは、この過渡期に指導したくても言語化できない上司と、的確な指導をしてもらえない部下の不幸な関係が生む不利益をどこまで減らせるかだ。

●伝えられない上司の不利益

私が仕えてきた上司の方々を振り返ると、タイプは2つに分かれる。

一方は「そんな仕方では将来困るぞ!」と親身になって叱ってくれるタイプ。自分への優しい思いが伝わるので、当方もどこかで不出来の申し訳なさと感謝の気持ちが湧いてくる。どうにか成長しなければとあれこれ考えもする。ただ、やや一方的であったり、具体的な方法論が言語化されていたりするわけではないので、いまの時代には理解されづらい上司ではないか。

もう一方の、穏やかに理屈立ててあるべき姿や努力の仕方を説明してくれる上司だと「ラッキー」と思ったものだ。声を荒らげないので、当方も慌てずに話が聞け、学びも多いし納得感もある。時には小さく反論することで、自分の考えも整理されていった。いまの時代にも変わらず通用する上司像だ。

私のドタ勘で恐縮だが、いまでもそうした上司の比率は、前者が7割、後者が3割だろう。

部下への思いはあっても言語化に慣れていない上司が、昨今は慎重になり、部下への本音のコミュニケーションが減っていく。若手は成長の機会を失っていく。こうした上司に当たった若者の中には、自己流の癖が強すぎて、その組織でしか通用しないガラパゴス化している人もいる。

早いうちに軌道修正しないと、折角の原石が、泥をかぶったまま終わりかねない。

●言語化できない上司に向き合う5つのメソッド

この「部下への思いを言語化できない上司」への対処法を今回は紹介していきたい。そのコミュニケーション術を5つの視点から考えていこう。

①自分に見えない世界観が、上司にはあることを理解する

よく上司のことを「気持ちを分ってくれない」、「判断が曖昧である」と手厳しく批判する若手がいる。しかし、上司は一つの判断を下すためにかなり多くの考慮すべき要素を抱えていることが多い。そこに部下から「そんな妥協案でいいんですか」と言われてしまうと、ついつい気持ちが萎えて、さらに一歩踏み込んで育成する気持ちを失ってしまう。

一方で、「その結論はどうしても納得できないんですが、私には見えていない材料や切り口があるのでしょうか?」と言われると、自身も葛藤を抱えている上司の心はやわらぐものだ。上司の見ている世界を自分も知りたい意欲を見せれば、上司は案外、心を開いて話してくれるものだ。

②会社では「正解」が一つではないから、一部でも変えたことを評価する

ビジネスの世界は、学校の試験問題と異なり、正解がひとつではない。上司も、部下も、各自の正解はみな微妙に違う。多様性の時代になって、無責任な口だけ評論家が幅を利かせるようになり、周りを巻き込んで何かを成し遂げることの難易度がさらに高まった。

それだけに、「できる人」とは、自分の(信じ込んでいる)正論をただ主張する人ではなく、信念に基づきほんの一部でも実行にこぎつけられる人のことなのだ。

上司を見るときには、「十の批判より一の行動」。その人のできなかったことではなく、その人が変えたこと、守ったことに着目すると学びが大きくなる。

③自分の人事評価を書いてみる

私は日本企業に勤めていた課長時代に、部長に「君の評価をどう書けばいいか、自分で原案を書いてみてよ」と言われたことがある。

書き始めてみると奥が深い。隣の課長と私をどう比較して評価に差をつけるのか。普段は同僚として同じ目線で仲間意識を持ったり、時には競争心を持ったりしていた隣の課長と自分を、部長目線で比較した途端、自分を客観視することができるようになった。よく「一段高い目線で考えよ」というが、高い目線とは自分を客観視することだ。上司目線で自分の人事評価を書いてみることが、目線を高める効果的な自主訓練になるのだ。

●「戦う」のではなく「転がす」

④上司の働く動機を見極める

上司も家に帰ればただの人。守りの気持ちが仕事の判断に影響を与えることもあるだろう。

そんな上司に「役員の顔ばかり見ている」と怒ったら実は負け。役員を見ている上司には、自分の信じる正論をふっかけるのではなく、一緒に役員が納得するロジックを考えてあげればよい。

「役員の意向は気になりますよね」といって同じ方向を向くだけで、上司の胸襟は開かれる。上司の思考回路を理解すれば、他でも応用できる。

上下関係は、その時々の職務・職責の違いであって、能力差が常に反映されているわけではない。できない上司には、“戦う”のではなく“転がす”方が効果的であることが分かるだろう。その過程で意外と色々な学びが手に入ることもある。

⑤自分が先に胸襟を開く

「上司に本音を語ったら面倒になる・・・」。そう思って最初から話を合わせることしか考えない人も多い。気持ちは凄くよくわかる。

勤勉なイエスマンは上司から見れば便利だが、やがて上司は「こいつには自分の考えはないのか」と軽く見くだしていくものだ。「望み通りに行動したのに・・・」と唇をかんでも後の祭り。そんな報われない努力を、過去少なからず見てきた。

「この組織はダメだ」とあきらめてしまっても損をする。人間が集まって何かやろうとすれば、必ず不満が生まれることは、誰もが経験則上わかっているはずだ。それでは会社も変わらない。

持論を捨てて軋轢を避ければ、目先の平穏は手に入れられるだろうが、長期的には市場価値が落ちていく。本音で語れない上司との付き合いは、長くなればなるほど時間の浪費になっていく。

●心の実況中継

もちろん本音を語るのが不得手な人もいるだろう。そういう人に勧めているのは「心の実況中継」だ。相手を慮りすぎて、あれこれ考えているうちに発言の機会を逸することは多い。話下手な人はむしろ飾らずにこう発言してみよう。

「どうも合点がいかない。でもなぜなのか自分でも整理できていない。頭が整理できたらまた発言します」

こうした心の実況中継をしてみせるのも、実に立派な意味のある発言なのだ。下を向いて黙ってしまうよりもずっといい。

もともと気弱な私は、心の実況中継から始めて、自分の本音を少しずつ発信していった。上司も部下も、心の内に秘めている善悪不問の思いをそのまま実況中継したら、互いにずいぶん気が楽になることも学んだ。

結局、長く続く人間関係とは、一度でも本音で向き合った相手だけだ。

不器用な上司に先んじて、部下から本音を語れる関係にもちこめるかどうかに、過渡期に損をせず自身の市場価値を向上させる成否がかかっている。