インフォメーション

JB Pressに掲載されました 自分の人材価値アップに「簿記三級」が必須な理由

自分の人材価値アップに「簿記三級」が必須な理由
コロナとともにやってきた「働き方大変革」にこうして生き残れ
2020.12.11(金)
岡村 進
ーー

年末を前に新型コロナウイルスが再び猛威を振るっており、感染拡大はアフターコロナの働き方にさらに大きな影響を与えることだろう。我々は今、コロナを克服すると同時に、生活スタイルの変容という課題を突き付けられている。

今回はアフターコロナに備え、新しい働き方と今からでもできる対処法を紹介しよう。

昨今は「サラリーマン時代が消滅する」とか、「終身雇用が崩壊する」など、働き方をめぐる議論が尽きない。勝ち残りのポイントは、ジョブ型雇用への本格的な移行への備えだ。

勘のいい人は、すでに新しい働き方を研究し始めている。私が運営するビジネススクールの「EATビジネス予備校」の皆さんもそうした先見性を持っていた。しかし彼らはまた同時に「悩み」も抱えている。ジョブ型雇用に対応するためにどうしたらいいのか、多くの日本人には未知の世界だから悩んで当然なのである。

●改めて知っておきたい日本型雇用の負の側面

我々に染みついている働き方を考えてみよう。

最近、みずほ銀行が週休4日制を導入したというニュースが流れた。またJTBが6500名の人員削減に踏み切った。2つのニュースは、世界的にはサプライズでも何でもない。

そもそも日本は長期的な低金利で利ザヤを稼げなくなって久しいし、デジタライゼーションの進展によりメガバンクといえども店舗の維持が難しくなることはかねてより指摘されていた。同じようにネット時代に、旧来型対面相談を基本とする旅行代理店が、長らく就職人気ランキングの上位にあったのは、むしろ七不思議のひとつだった。本来、行わなければならなかった業務改革が、コロナによって待ったなしになったというだけのことなのだ。

そもそも少子化が進む中では、安定産業と言われる食品業界すら盤石といえるのかどうか疑わしいのだ。活況を呈してきた建設業界もいったん好景気にブレーキがかかれば、人口減少下での余剰キャパシティー負担が、突然大きくのしかかってくることだろう。

どんな人でも「日本の人口減少問題」を知っている。しかしこの意味を突き詰めて考え、働き方をどう変えていけばよいのかには、ほとんどの人が目をそらしてきた。目先の平穏の魅力に屈し思考停止に陥る。それが日本的雇用の負の側面だった。

●実は日本人だけではない現状受容・安定志向

別に大企業批判をしようというのではない。なにしろ、かく言う私も伝統的日系企業で20年も働いていた口だ。グローバル企業に転職したとはいえ、今でも自分の心がやすらぐのは20代から辛苦をともにし、互いを知り尽くした日系企業時代の仲間たちと過ごす時間だ。安定に守られて培った関係性には心が和むものがある。

このような平穏に流される感覚は大企業特有のものというわけではない。

少し意外だが、ベンチャー企業でも危機感は高いとは言えない。研修や講演をしていると、 彼らの中で「現状は続かない」と考える人はそう多くないのだ。

海外のグローバル企業にしたって、日本とはまったくの別世界、というわけでもない。

私が働いていたのは2008年のリーマンショックで巨額損失を計上し世間様に迷惑をかけた金融機関であるが、直前までは世界最良バンクと言われることもあった。常に就職人気ランキングはトップ、本国では一度就職した人はほとんど辞めず、おそらく6~8割は終身勤務だったようだ。未曽有の危機でクビを切られた社員たちは、日本人がそう思うように「平穏の期待を裏切られた」と憤った。

余談だが、その企業を自国の代表と誇りに思っていた国民も激しく怒り、親が同金融機関に勤めていると、その子供は友達の誕生パーティに呼ばれなくなるほどだった。

このように考えれば、超金融緩和に支えられ狂乱めいた現在の株高も現状受容の表れと言えるのかもしれない。カンフル剤を打って人為的に株価を押し上げているのは明白だが、多くの人は真実から目を背けて流れに乗っている。バブルは、誰も疑問に感じなくなった時にこそ弾けるものだ。批判眼なき現状受容が結果的にとんでもない混乱に自分たちを追い込んでいくのだ。

要するに、みんな目先の平穏が大好きなのだ。だからこそ声を大にして、「将来の不安に目を向け、目先の平穏の破壊に備えよ」と言いたい。それができる者が、アフターコロナの時代を勝ち抜くことができる。

●あなたの市場価値を発見する方法

今現在のコロナショックだけでなく、市場危機も静かに近づいてきている。「備えあれば憂いなし」だ。そこで、ビジネス予備校生徒や研修参加者との質疑をきっかけに展開させた、自己防衛方法を紹介したい。

Q:「市場価値を高めたい。しかし、何から手を付けたらよいか分からない」

正直なまっすぐな質問である。私も40代半ばまでメンバーシップ型の働き方をしてきたから、この質問が出てくる気持ちがとてもよくわかる。ジョブ型雇用を前提とした場合、何より大切になるのが自分自身の「市場価値」である。では、その価値を得るためには、あなたは今、何を始めるべきなのか。これはあなたが若手であろうが、50代のシニアであろうが、答えは同じである。

A:「簿記三級の取得」

ここから始めるべきなのだ。

理由は簡単だ。そもそも自社がいくら儲かっているのか、どんな財務状態にあるのかを分からなければ、次には進めない。まずは週末の一日に、会社の3年分の売上高と利益、資産・負債などを、エクセルに入力してみたらどうか。これだけで会社の経営状況をぼんやりとでも理解できるはずだ。

かつて、人事や経営に携わっているとき、各部門の組織長から「もっと予算をよこせ!」「増員せよ!」と迫られることが何度もあった。彼らは会社の財務状況を把握してはいなかった。お陰で、各部門の要望をいかに諦めてもらうかに多くのエネルギーを割かざるを得なかった。部門長が会計を理解し共通言語とすれば、不毛な議論はずいぶん削減されるだろう。米国ではマネジメントがMBAで会計を学ぶ機会がある。勤勉な日本のサラリーマンが、世界共通言語の会計知識を備えないのはもったいない。

決算書は会社の通信簿である。損益決算書のみならず、貸借対照表が読み取れるようになれば、自社の財務状態が分かり、突然の倒産に見舞われ「まさかうちが・・・」などと絶望することもなくなるはずだ。また全体像をつかんでこそ、自部門の改革や新規事業のプロモーションに説得力が出る。

なによりジョブ型雇用に移行すれば、自身の市場価値を正しく判断しなければならない。皆さんは自分の賞与がいくらであるべきか考えたことはあるだろうか?

かつてグローバル企業の社長をしていたとき、目を瞠る実績を上げた部下が自ら、自分の賞与の金額を提案してきた。

彼は自分が計上した利益と地域内での貢献度を数字で示すだけでなく、わが社が同業他社比で財務状態が見劣りする分をわざわざマイナス査定してきたのだ。その大局観と論理性に「こいつはマジでできる!」と思ったものだ。

漫然と言いなりの賞与をもらう時代は、早晩、終わりを告げるだろう。

●キャリアと専門性の密接な関係

Q:「市場価値を高めるには、どんな異動を希望するべきなのか」

不確実性の時代に一番大事な能力とは何か。それは環境適応能力である。よって私の答えはA:「ひたすら異動せよ」ということになる。

異動は専門性強化にも役立つ。日本企業は海外から“専門性”を誤って輸入してしまっていないか? 仕事の入口と出口を知らずして、スペシャリストとは言えない。得意分野の前後工程まで経験し、理解する。これが真に専門性を高める秘訣なのだ。日本企業に勤めるメリットは、雇用リスクを犯さずに、複数部門を経験できることにある。活用しない手はない。

さらに言えば、いつも“次の次”の異動先まで考えておきたい。例えば「管理部門が長いので、現場を見たい」と異動届を出す人は少なくない。真に大切なのは、その次にどこに行きたいかまで考えておくことだ。もちろんビジネス人生の最終的なゴールを設定し、そこから逆算して布石を打つのがもっとも効率的だが、容易には浮かばないものだ。まずは二手先まで読んでから希望を考える癖をつけるだけで、少し遠い将来に思いを馳せることになり、自分が真にやりたいことが段々見えてくるはずだ。

●福利厚生というメタボリック
Q:いつ会社から放り出されてもあわてない心構えとは何か。

私の答えはA:「役職に応じた諸手当を当たり前のように満額使うな」ということだ。

大手企業に勤めている人ほど、宿泊ホテルやフライトのグレードを上限いっぱいまで享受しようとする。課長でも新任と数年目では真の実力は異なるはずだ。身の丈に合っていない福利厚生を検証なく「当然だ」と考えると、目先は楽しいが、将来にツケが回ってくるから要注意だ。

ベンチャーや中堅・中小企業の社員は、目覚ましい実績をあげないと優遇されないし、会社の業績の波ももろにかぶる。自分の生み出す価値を会社や社会の全体像から推し量っているのである。

大企業人の知識や経験はかならず彼らの役に立つはずなのに、受け入れ側が良い顔をしないのはなぜか? 給与やベネフィットは会社に来れば貰えるものだと思っている人は、仕事よりも先に処遇を要求してしまうのだ。これは実にもったいない! 発想を切り替えれば定年後に求められる知見を、みなさんは思った以上に持っているのだ。


大企業に勤務しながらでも、常に自分の価値を点検し、賞与や福利厚生を享受する資格のあるなしを自己判断している人は、勘違いを起こさず複数社に引っ張られる。

日本は組織的に長らく変化への対応に目を背けてきた。しかし適切な改革は自分自身で始めればいいだけなのだ。個々の人財が時代に合わせて意識を変えて、既に持っている能力を磨き直せば、個々人が幸せになり、結果的に日本は長い低迷の時代を脱することができる。グローバル企業に働き、勤勉な日本人は十分に能力が高いと確信した。そんな希望に満ちた未来は、きっと起こりえるのだ。