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JB Pressに掲載されました 欧米流雇用改革の数々、なぜ日本で根付かないのか

欧米流雇用改革の数々、なぜ日本で根付かないのか
実は先進的な雇用システムを持つ日本、ただ「言語化」が足りない
2020.11.13(金)
岡村 進

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コロナ・ショックを受けて、人々の生活も働き方も大きく様変わりしようとしている。リモートワークが定着し、職場は必ずしも都心のオフィスということではなくなった。働き方がすでに変容し始めたということは、雇用の在り方も変化に向かうことは確実だ。

最初に肝に銘じたいのは、アフターコロナの世界は予測するものではなく、自ら作るものということだ。せめて自分の働き方ぐらいは自分で決めたいとあらためて思う。

いま、ビジネスパーソンは激変する環境に合わせて働き方を変える力が求められている。では、我々は何を変えなければならないのか。
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●今回の雇用改革は「背水の陣」の覚悟で
我々は大なり小なり過去に何度となくジョブ型雇用への転換を試みてきた。00年代の成果主義ブームもその一つだったが、結局は掛け声倒れで終わった。終身雇用を前提とする中では、人事評価にメリハリをつけても、処遇に反映させることは極めて難しい。こう突き付けられた日本は、今もジョブ型雇用は実現してない。

しかし、そうした雇用形態も私の目から見れば限界に来ている。

人口減少の一途をたどる中、多くの日本企業は海外に成長の果実を求めているが、多くは異文化のマネジメントに苦しんでいるように見える。その原因は日本型のヒエラルキーを重視したトップダウン型マネジメントが染みついているからだろう。しかし、世界はすでに組織形態やビジネス形態に合わせて、組織の在り方を変容させて対応するようになっている。硬直的な終身雇用とトップダウン型の組織が変えられないのは、日本企業の極めてネガティブな特徴なのだ。

大事なのは形を整えることではなく、多様性の尊重をビジネス成果に結びつけることだが、今度こそ対症療法どまりの罠から脱出したい。少なくとも個々人の働き手から、その思考を育んでいくことが大事になると私は考えている。

私たちはいままでの働き方を変えて、“内面の進化”を実現することができるのか、ここに働き手の成否の行方はかかっている。

●過去30年の失望の数々
いまは現実的な対応としてリモートワークが試行錯誤され、雇用形態についての改革への意識も高まっている。せっかくの変革機運だというのに、私はどうしてもうがった見方をしてしまう。それは過去30年、期待と失望の連続だったからだ。

1990年から現在に至る日本株のチャートを定期的に眺めてみると、その時々に、政治や企業の変革努力や希望が確実に存在していたことに思い至る。ただ、結局最後はとん挫し、株価はいまだ一定のレンジからの上抜けを狙っては元に戻ることを繰り返している。「メリトクラシー」、「ダイバーシティ」、「グローバリゼーション」、「ジョブ型」、「1on1」・・・。

数多くの横文字が躍ったが、ほとんど成果には結びついてない。おそらく横文字が並んだ段階で、表面的な変化に満足し、肝心のビジネス成果の向上に紐ついていかなかったのではないか。

なぜ我々は大きく変われずに来てしまったのか?

心理学者のロバート・キーガン氏などが著した『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』(英治出版)には、“自分が本心からやりとげたいと望んでいることと実際に実行できることの間にある大きな溝”を変われない原因としてあげている。

そういえば、私が1980年代米国NYの金融機関にトレーニーに出されたときに、同僚の米国人が「転職をしたいけれど親に反対されるので言い出せない。親は一つの企業に勤め上げるのが誇りと考える世代だから」とこぼしたのを思い出す。「アメリカにもそんな時代があったのか!」と驚いたものだ。

それが激変する環境の変化に合わせて、自分と時代のニーズにあった仕事を探していく転職文化に転換していったのだ。常に自分の市場価値を点検し、環境変化に合わせて補修・強化する緊張感は小さくない。米国が転職文化に転換し、またビジネスパーソンが転換を受け入れたのは、“環境の変化に適合できるものだけが生き残れる”と信じ、覚悟を決めたからではないか。

●日本にできないはずはない
そこには個々人の意思がある。いまは大混乱が生じ粗ばかりが目立つ米国だが、少なくとも過去は、混乱と軋轢を引き起こしながら進化を繰り返してきた。

では、「島国」と揶揄されたり、自嘲気味に語られることが多い日本はどうか。我々日本人は果敢に変革に挑戦できるようにはなれないのだろうか。いや、日本だって捨てたもんじゃない。

先日、『人事の成り立ち』(白桃書房)という本を読んだ。名著17冊の著者それぞれが提唱した人事制度・運営を、大きく時間の経過したいま往復書簡を通じて振り返った。日本の人事制度の功罪を検証するというのは素晴らしい着眼だ。その中で能力主義の考えは、日本での実践に刺激された米国が「コンピテンシー(保有ではなく“発揮”能力主義)論」に高め、日本に逆輸入されたとの記載があり興味深かった。

世の中で「ESG」(環境・社会・ガバナンス)の重要性が謳われるのをみて、日本にははるか昔から「三方良し」という素敵な言葉があるのを思い出した。「売り手に良し」、「買い手に良し」、「世間(社会)にもよし」という近江商人の心意気だ。

だが、その名言に少々引っかかる部分もある。というのも、「良し」の定義は、個々人や組織の感覚、また都合に委ねられているようにも思えるからだ。

能力主義にせよ、ESGにせよ、文化や育ちの異なる多様な人財にも具体的に伝わるように明確に「言語化」することが必要だろう。次なる働き方改革は、組織の「目標」の上に、求める人財像を、しっかりと言語化する必要がある。そうするかしないかで、周りへの影響力には雲泥の差が生じることを、我々はよく認識するべきだろう。

オープンな環境に変革案を置いてみるといい。文句や批判にさらすのには大きな意味がある。グローバル企業で会議の司会者をすれば、議論が紛糾したときほど褒められる。ディスカッションによって考えを言語化する過程で意思が生まれ、批判にさらされることで覚悟ができる。それこそが真のダイバーシティ(多様性)の活用だ。

●鋭い感覚を持った個人を生かせていない組織
筆者は2013年に人財アジアを設立し、法人研修をスタートした。2015年に個人に向けてEATビジネス予備校を立ち上げ、毎年数多くの生徒の皆さんと1対1で向き合ってきた。

研修参加者や予備校生徒は、千差万別だ。日本人・外国人問わず、通学のビフォーアフターの変化は、それぞれが元々備えている自分の持ち味を再発見し、自信を高めることにある。そう考える理由は、例えば対人関係が苦手な人が、実はとても鋭く問題の本質を抉り出すような意見を持っていることにたびたび遭遇し、驚かされてきたりしたからだ。

おそらく職場では自信がないから発言しないか、逆に鋭すぎてスルーされている可能性を想像できる。ディスカッションが少なく、少しでも尖った意見が組織として共有されない日本は、つくづく人財を使いこなせていないと感じてしまう。そうした人に出会うと私たちは、まず具体的に事例をあげながら、本人に自身の論理性の強さを理解してもらう。鋭い意見を持った人物が、組織で発言できる「自信」を持てるように応援したいからだ。

金を稼ぐ力は各自の強みから生まれることは言うまでもないが、マネジメントの最初の仕事はビジネスに役立つ強みを各自から引き出すことだ。強みを発揮できた人財は自信がついて、自身の課題にも目を向ける余裕が生まれてくるものだ。

●なぜ日本のビジネスマンは夢を語らないのか?
世界的に活躍している、とあるグローバルエグゼクティブ(欧州人)は、毎年の講義で生徒たちに「あなたにとってDream Job(夢の仕事)は何だ?」と質問を投げかける。日本のビジネスパーソンは、そんな青臭いことを考えたことはあるだろうか。こんな問いかけをすると「現実は妥協の産物だよ・・・」と、こんなつぶやきが聞こえてきそうだ。

私のビジネス予備校の生徒は、年齢20代から50代、業種も仕事も個性も多種多様な皆さんだが、毎年この真正面からの質問に最初は面食らうようだ。

個々のビジネスパーソンは、人生を歩むうえで夢を「大局」と位置づけ、仕事を「小局」と位置付ければ、人生は豊かなものになるだろう。これを前提にこれからのビジネスパーソンとなるには、どう考えればいいのか。

人財アジアの研修参加者からの質問は、激変の時代に真剣に対峙するからこそ生まれる葛藤に溢れている。デフォルメした質問を紹介し、私なりの回答を付してみた。読者の皆さんはどうお考えになるだろうか。

●個人のスキル、何をどう磨けばよいのか?
■質問:会社に個人スキルを磨けと言われる一方で、チームに尽くせとも言われる。両立するのか?

なぜ個人のスキルを磨くことがチーム目標に反すると思ってしまうのか。サッカー日本代表を思い出せばよい。チームの優勝のために自らの腕を磨く人だけが召集される。腕が劣化したり、チーム優勝への思いが減じたりすれば代表からはずされる。

会社も同じだ。次世代に企業で評価されるのは、“組織の理念や目標を実現に導く個人スキルを持った人財”である。会社なんておかまいなし!で、自分のスキル向上だけに夢中になったり、いつも自分が目立つことだけ考えている人には高い市場価値はつかない。

自分がそのスキルを磨いたら、会社は目標の実現に近づくか? それが磨くべき自身のスキルの定義だ。そのために、いろいろ経験して、攻めか、守りか、両方か、自分の持ち味に合った分野を探してほしい。

■質問:スポーツに例えると分かりやすいが、会社にあてはめるとどうもしっくりこないところがある。なぜか理由はよくわからないが・・・

この指摘は確かに鋭い。実は私も最近スポーツを引用して会社での働き方を語る範囲を限定的にしている。それは一番大事なところで両者に違いがあるからだ。サッカーチームの選手にとって夢は何か? ワールドサッカーでの優勝だろう。野球選手もしかり。

それではビジネスパースンであるあなたにとって優勝とは何か? 会社にとっての優勝とはなんだろうか? あなたの同僚に同じ質問をしたら答えは十人十色ではないか。つまり、皆さんはゴールポストが5個も10個もあるサッカーゲームを戦っているようなものなのだ。

腕の磨き方がわからない、腕を一所懸命磨いていたら批判された・・・。多くの場合、あなたの狙っているゴールポストがどれか定まっていないか、もしくは試合会場の外にあるのだ。

因みに私は外資社長を務めた際、転職のために腕を磨いていた人物を重用したことは一度もない。組織にとっては、有益な人財とはならないからだ。

●「これだけは譲れない」というこだわりを大切に
■質問:気持ちが燃える目標を作りたいが、なかなか見つからずに困っている・・・。

私もそうだった。だからまずは、ここだけは譲れない小さな「こだわり」を大切にしてみた。私は若いころから、相手の気持ちを尊重することにこだわりがあったので、例えば社内管理部門で、“社員にやらせる”などというフレーズを耳にすると我慢ならなくなってしまうのだ。「やらせるではなく、やってもらえるようにする、ではないですか!」と上司に噛みついて嫌がられたものだ。

しかし、このこだわりが仕事へのコミットメントを高め、時には成果にもつながった。小さなことをまぁいいやと流してしまったら、大事なことにこだわる感性も鈍化してしまう。だから、あなたのこだわりとは何か? とりあえず仮置きしてみるのが燃える目標発見への第一歩だ。

いま多くの企業で、「働き方を変えなければいけない!」とメッセージが出され、社員に自己変革が促されている。

それではいったい何をすればよいのか。発破をかける以上は部下が“自身の”答えを見つけられるよう応援できる人になりたい。